熊本地震本震から2年/N様邸ステンドグラス制作スタート


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こんばんは。
2年前の今頃は、福岡の弟の家に車で必死で向かっている途中だ。16日、15時半くらいに益城を離れる決心をした。父は、しばらくは家に残ると言って聞かなかったが、このままずっと益城にいたら、事態は悪くなるばかりであろうことは容易に推測できた。それくらい周りの風景は様変わりしていた。これから先の見通しは、絶望的なことしか考えられなくて、温かい食事も摂れない、寝る場所もない。風呂にも入れない。水も電気も止まっている。14日からの車に寝泊まりする生活はそう長くは続けられない。もう限界。そんな思いで、福岡へと向かっていた。渋滞がひどく、全く車が動かない状態が長時間続いた。その間にも、余震が車を襲った。渡っている橋が落ちやしないかと生きた心地がしなかった。カーラジオは、次々と伝えられる地震速報、被害状況、南阿蘇で生き埋めになっている行方不明者がいることを伝えていたことを思い出す。南阿蘇に知り合いがいる私は、知人ではないかと気が気ではなかった。のちに知人は、無事なことが確認されて安心した。
反対車線も渋滞していたが、北へ向かう車線よりは緩やかに動いていて、他県からの消防車両、警察のパトカー、警察の紺色のバスなどが途切れることなく続いていた。目に映る異様な事態に事の深刻さを改めて思い、涙が出そうになったりもした。ハンドルを握る私が、目を潤ませたりして運転を誤ってはいけないとグッとこらえた。

と、一気にここまで書いてしまいましたが、また収拾がつかなくなりそうなので、ここで地震の話は一旦終わり。またその先をいつか書くんだろうな、私。あ、でも前にも書いたかもしれません。今になって詳しく書けることもあるので、また何らかの地震のこと書きます。


N様邸のステンドグラス、明かり取りパネル制作始めております!
ぶどうのデザイン。
色のバランスを見ながら硝子カットしています。



Nagako


| 熊本地震 | 21:39│編集

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